創刊によせて

『ダンチジン』は、はがきを使った不定期刊のZINEです。

2024年度春学期は、フィールドワーク(グループワーク)の対象地として善行団地(神奈川県藤沢市)をえらびました。団地の人びとの暮らしをつぶさに観察し、コミュニケーションや場づくりの観点からさまざまな課題を整理することを目指します。
現在、石川志麻さん(看護医療学部)の主宰する「大規模団地におけるVUCA時代の全世代対応型孤立化予防研究」にかかわっていることもあり、社会的孤立や(広い意味での)「ケア」について考えるフィールドとして善行団地に足をはこんでいます。
そのご縁もあって、(順番は前後するものの)「善行キャンプ」(2021)でポスターづくりのワークショップをおこなったり、「モバイル・メソッド」(大学院アカデミックプロジェクト, 2023)のフィールドに指定したり、ゆるやかに善行団地とつながっています。

出典:https://chintai.sumai.ur-net.go.jp/chintai/img_photo/40/40_104/40_104_AP_01_l.gif

『ダンチジン』は、今回のフィールドワークの過程(2024年4月〜7月)を記録し、逐次公開してゆく試みで、(公開を前提とした)フィールドノートのようなものです。フィールドでの体験は、まさに現場の複雑さ、多様さゆえに、フィールドワーカーが体験するそばから消えていきます。そして、目の前のモノ・コトに意識を向けていると、そのつど立ち止まって考えたり意味づけをしたりする余裕もありません。
だからこそ、記憶が新鮮なうちに見たこと・考えたことなどをはがきに記して、フィールドでのふるまいや感情の流れを残しておくことが重要になります。あとから、はがきを手がかりに、フィールドワークの経験を(多少なりとも)再現することができます。

「ジン」は、『東京人』(都市出版, 1986-)や、『海士人(あまじん)』(英治出版, 2012)『福井人』(英治出版, 2013)など「COMMUNITY TRAVEL GUIDE」としてシリーズ化されている試みのように「人」に意識を向ける態度の表明です。物理的な環境としての団地はもちろん重要ですが、じつは、人びとにとって「居心地のいい場所」は、コミュニケーションのよって成り立つもので、それは一人ひとりの精神的・心理的な豊かさと密接にかかわっています。その意味で、個別具体的な暮らしの「実例」を観察・記録する態度が求められます。

同時に、「ジン」は「ZINE」でもあります。ZINEとは何かについては諸説ありますが、たとえば野中モモは「自主的に、気軽に、小さな規模で」出版することの価値を強調しながら、ジンを特徴づけています*1。『ダンチジン』を刊行するにあたっては、事前に厳密にZINEを定義することはせず、むしろこの試みをとおして、ZINEのメディアとしての意味や価値について考えてみたいと思います。ZINEは、ぼくがかねてから「ちいさなメディア」と呼んでいる一連の表現物・表現方法のひとつとして位置づけることもできるでしょう。

『ダンチジン』は、複数のメンバーが編纂してゆくメディアです。フィールドワーカーたちのリアルな〈声〉をフィールドで紡ぎ、フィールドから発信することで、団地にかんするあたらしい理解の創造に向き合ってみたいと思います。

2024年 春🌸

◎『ダンチジン』のつくりかた https://danchizine.vanotica.net/making

*1:野中モモ(2020)『野中モモの「ZINE」 小さなわたしのメディアをつくる』(晶文社)